スポンサーサイト

--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

長崎、天草への旅 1<長崎>

2010年08月08日 10:15

はじめて長崎へ旅していきました。長崎は、異国情緒あふれる街ときいていて、前からいってみたかった土地。3泊4日で長崎、島原、天草までもりだくさんの旅です。
<長崎><島原><天草><洋館の壁紙><おみやげ>の5パートでアップします。

P1050196_R.jpg
まずは長崎中華街ではらごしらえ。中華街はこじんまりとしています。地元の人に聞いて、宝来軒に行ってきました。

P1050198_R.jpg
皿うどん!すごい量でしょ。これ1人前。えび、いか、ほたて、肉団子、白菜など野菜たっぷり。ほんのり甘い魚介のおだしで、絶品!すごく美味しいです。

P1050202_R.jpg
こちらは、ちゃんぽん。麺は太めで、沖縄そばに近い感じ。だしがよく利いています。量が多くて食べ切れなかっったんですが、大満足でした。

P1050204_R.jpg
歩いて出島へ。

P1050209_R.jpg
出島の当時のカピタン部屋の再現。出島で貿易にかかわっていた人たちは、こんな洋風な暮らしをしていたんですね。シャンデリアや壁紙など今みてもおしゃれ。壁紙はとっても素敵だったので、別でもアップします。

P1050208_R.jpg
テラスと窓の風景。細かい格子窓が素敵です。

P1050227_R.jpg
今回の旅のもうひとつのテーマは、教会めぐり。小さい頃、日曜学校に通っていたこともあって、教会やキリシタンの歴史にはすごく興味があったのです。写真は、大浦天主堂。江戸時代に建てられた日本最古のキリスト教建造物です。フランス人の司祭と天草の棟梁によってたてられたもの。フランス寺とも呼ばれているそうです。中の写真が撮れなくて残念ですが、ステンドグラスが素敵な教会でした。

P1050233_R.jpg
グラバー園。オルト住宅。製茶業を営んでいた、オルトの洋館。長崎の女大富豪、大浦恵が、嬉野のお茶をオルトを通じてヨーロッパに輸出したそうです。こういった商談がこの館で繰りひろげらていたのですね。

P1050234_R.jpg
グラバー邸。当時の貿易商の館。当初は生糸や茶の輸出を中心として扱っていたそうですが、八月十八日の政変後の政治的混乱に着目して薩摩・長州・土佐ら討幕派を支援し、武器や弾薬を販売。龍馬がたちあげた、亀山社中とも取引をしていたそうです。

P1050237_R.jpg
孔子廟。 長崎と中国の交流は深く、特に江戸時代幕府の鎖国政策の中でも、交易の窓口として開港していた長崎では、多くの中国人の来航があったそうです。1893年清国政府と在日華僑が協力して中国の総本山なみに伝統美あふれた孔子廟(現在地)がつくられたとのこと。

P1050239_R.jpg
P1050248_R.jpg
P1050255_R.jpg
眼鏡橋。日本初(1634年)の石造りアーチ橋といわれているそうです。こうしてみると、長崎は、開かれていた港町だけあって、日本初のものが多いですね。すき焼きも長崎から生まれたものらしいです。
眼鏡橋付近は、柳の木が植えてあって、情緒豊かな町並みです。眼鏡橋近くの江崎べっ甲店で、記念にかんざしを買いました(別途紹介)

P1050268_R.jpg
さて、夕飯は、日本3大夜景の長崎港をみおろす、ルークプラザホテルにて、鉄板焼きをいただきました。
P1050287_R.jpg
稲佐山展望台からの夜景。見事です。宝石をちりばめたよう。長崎の地形は、平地がなく、港を囲んで、丘、山なんです。山間の上のほうまで住宅があるので、こんな素敵な夜景ができあがるんですね。

このあと、島原に向かいました。
スポンサーサイト


最新記事


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。